千野香織

絵巻の鑑賞法の最も重要な点は、既に見た画面は右手の中に巻き込まれてしまい、これから見る画面はまだ左手の中にあって、どちらも、現在の時点では見ることができない、というところにあるからである。鑑賞の時間において、右手は過去であり、左手は未来である。そこでは、左を向いた直線的な鑑賞の時間が、あらかじめ設定されている。 建築史研究の進展に導かれながら障壁画を改めて見直した結果、私の目にはっきりと浮かび上がって見えてきたものは、日本の障壁画のなかのジェンダーの問題という、きわめて今日的なテーマであった。その建築と障壁画の様相を詳しく述べた後、ジェンダーの視点から日本の障壁画の問題を考えるという結論部へ進んでいくこととしたい。 作品を細部に至るまで詳しく見て、それを現実社会の文脈の中に置いて考え、そこに現代人としての希望を読み込むこと、そのような行為の遂行を続けていくことが、美術史家としての私の願いである。作品を「真に」見ることは、同時代の人々とともに、現代の問題を考えることである。それは新しい未来を作っていく、という可能性にも通じている。